2.26.2017

『溺れた女』について森下くるみさんと対談しています


図書新聞(3293号)に昨年末に販売された映画レビュー本『溺れた女 渇愛的偏愛映画論』について文筆家の森下くるみさんと対談しております。

「映画」と「愛」を語る——断定をできるだけ避けつつ、自分がどこまで素直になれるか。

10000文字近い対談なのでかなり読み応えがあると思います。
本についてのこと意外にも、どうしてこのような物の考え方になったのか、あれやこれやと話しております。どうぞぜひ読んで四にも興味をもっていただけたら嬉しいです。

図書新聞は大型書店かサイトより購入して頂けます(オンラインもあり)。
よろしくお願いします。


2.22.2017

グザヴィエ・ドラン監督「たかが世界の終わり」



図書新聞(3292号)にグザヴィエ・ドラン監督最新作『たかが世界の終わり』についてレビューを寄せております。

これまでも多くの家族の物語を世に送り出してきたドラン。
長い年月離れていた家族に”ある告白”をするために戻ってくるも、距離感を感じてしまう主人公ルイ(ギャスパー・ウリエル)。当たりの強い兄(ヴァンサン・カッセル)に、初めて会った兄の妻(マリオン・コティヤール)、記憶のほとんどないルイに憧れる妹(レア・セドゥ)、テンションの高い母(ナタリー・バイ)……。

キャスティングがいいのはいつものことなんだけど、今回は原作もの(ジャン=リュック・ラガルスの「まさに世界の終わり」)であるにも関わらず得にドラン自身とルイが重なりすぎて胸が痛みました。肝心なことを何も言わない(言えない)でどんどん時間だけが経っていって、家族もそのことに薄々気づいているものの、ずばっと聞けないこのもどかしさ。気合いを入れて化粧をしたり料理を作って、彼の帰りを待っていたのに結局楽しいどころか喧嘩になる始末。

家族っていっても、所詮他人同士。
当たり前なんだけど、やっぱり特別な感情が芽生える、その加減と繊細な感情の交差の仕方はやはりドランならでは。

ドランの作品ってどうあがいても地味にならないから不思議。
本人にも華があるけど、人のいいところを引き出すのも本当に上手いんだろうな。人間のもつ色気みたいなものをむんむんと感じます。
九作目くらいまではこのままの勢いで駆け抜けて行ってほしいものです。

さて、レビューは図書新聞で読めますので、ぜひみなさんご登録orご購入よろしくお願いします。

『たかが世界の終わり』公式サイト
「図書新聞」公式サイト

2.07.2017

「文學界」にエッセイを寄稿しています



2/7日発売の「文學界」三月の Auther's eye というコーナーにエッセイを寄せています。
エッセイ自体ははじめて書いたので、何を書こうか迷いましたが「失恋の醍醐味」というタイトルで書きました。そのままの意味です。

文中、ヴィスコンティ監督の『家族の肖像』に出てくる詩を引用しています。
2/11からデジタルリマスター版が公開されますので併せてお楽しみください。

「家族の肖像」公式サイト

今月号では芥川賞の真実についてだったり、又吉直樹さんのインタビューが掲載されていてます。学生時代からお世話になっていた文学雑誌に書くことができて非常に嬉しいです。

「文學界」公式サイト

ちなみに淺沼圭司さんの「二〇一一年の『家族の肖像』—ヴィスコンティとデカダンスとしての『近代』」という本を読みました。3.11以降、日本人が痛感した「無情」を『家族の肖像』という映画作品を通して「家族」「共同体」「国家」について読み解く、というコンセプトなのですが、映画論としても非常に興味深く、読みました。映画とともにぜひおすすめの一冊です。